「海へ」(桜木紫乃)

その生き方もまた孤独であり哀感が漂う

「海へ」(桜木紫乃)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

一緒に暮らしている健次郎に
「金が必要」だと
千鶴は持ちかけられる。
フリーのジャーナリストとしての
仕事が入ったのだという。
千鶴は客の加藤との
専属契約を承諾し、
健次郎に20万円を用立てる。
翌朝早く、
健次郎は家を出る…。

健次郎は新聞社をリストラされ、
毎日パチンコばかりしている
甲斐性のない男、
千鶴はその健次郎と
汚い安アパートで同棲し、
「稼ぎのよい派遣会社」で得た金を
貢いでいるのです。
そしてたった一人の常連客・加藤に
専属契約を持ちかけられていました。
物語は淡々と進行するのですが、
何ともいえない哀しみに
満ち溢れています。

健次郎。
27歳という年齢で
リストラされたからには、
本人に何か問題があるのでしょう。
それも理解できないまま、
フリーのジャーナリストを
名乗るのですが、
毎日パチンコに興じている男に、
当然仕事が舞い込むはずもありません。
仕事が入った、金がいる、というのは
嘘であり、彼は千鶴と縁を切り、
逃げ出したのです。
現実から。

加藤。
50代。
羽振りのよい水産会社社長を名乗り、
千鶴に専属契約を求めるのですが、
千鶴はそれを嘘と見抜いています。
終末ではショッピングモールの
特産市コーナーで加藤が
さつま揚げを販売している姿を、
千鶴は見てしまうのです。

そして千鶴。
健次郎と同棲しながらも、
彼に頼ることもなく、
彼にのめり込むこともなく、
逃げ出した彼に
未練を寄せることもありません。
加藤に身体を売りながらも、
彼に依存するのでもなく、
彼に従属するのでもなく、
ましてや彼に
同情するのでもないのです。
彼女は常に一人で生きているのです。

二人の男の生き方は、千鶴を欺き、
そのために自らを偽るものです。
いずれは破綻する脆弱な生き方であり、
そこには悲哀が感じられます。

でも千鶴の生き方は違います。
千鶴は二人には騙されていません。
偽りを見抜き、
醒めた目で冷静に見つめているのです。
そして一人で生きているのです。
ですが、その生き方もまた
孤独であり哀感が漂います。

本作品に救いがあるとすれば、
千鶴がこのあとも
一人で生きていくであろう
たくましさとしなやかさを
見せていることでしょうか。
「千鶴は深呼吸を一度して、
 携帯に残っていた
 健次郎と加藤の履歴を消した」

不器用な人間や底辺に佇む人間へ、
寄り添うような視点が秀逸です。
2013年に「ホテルローヤル」が
直木賞を受賞した桜木紫乃。
目が離せない現代作家の一人です。

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(2021.8.29)

Quang LeによるPixabayからの画像

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